[プロデューサー:小田泰之/編集・構成・演出:Team XXX 向悠一(『入口』『出口』)/音楽・音響効果:ボン/編集・MAスタジオ:スタジオミック/製作:アムモ98/2017年6月2日リリース]
入口
心霊ビデオの類いには、「映像に映っているのは実際に起こったことなのか」それとも「映像そのものが異常をきたしているのか」という問題がある。幽霊のような存在が映りこんだとしても、撮影者が気づかないケースもある。撮影者の意識が向いていないせいもあるだろうが、実際にはその場で怪現象が起きていない場合もありそうだ。
さて、本作についてはどうだろう? 投稿者が驚いたりしているから、実際に起こった現象だとは思われるものの、映像に映るすべての現象がそうだとは言いきれない。
なんとも煮えきらない想いが、やがて心の不安をかきたてる。
都会の森
なにげなく撮った映像に奇妙な映像が挿入される。心霊ビデオとしてはよくあるパターン。当事者を除けば、それほど怖がるシロモノではない。
しかし、本作を「よくあるパターンだね」と簡単に切りすてられないのは、あの世のモノとおぼしき存在が、撮影者に“悪意”らしき情念を向けているように思えるからだ。
いや、もしかすると投稿者だけでなく、それを目にする私たちにも“悪意”をぶつけようとしているのかもしれない。
つまり、奇妙な映像は、なんらかの偶発的な理由で紛れこんだのではない。何者かの邪悪な意図によるものだったことになる。
アケチ野ハウス
廃墟を探索する映像という時点ですでに剣呑な雰囲気が漂う。まして“あかずの間”とおぼしき部屋に入ろうするのだから、怖さもひとしおだ。
たしかに“あかずの間”で奇妙な現象が起こる。だが、それ自体はそれほど怖くはない。合理的な説明はつけられないが、恐怖を呼びおこすほどではない。
それよりも、映像ではとらえられていない顛末のほうが重大だ。これによって、“あかずの間”や舞台となった廃墟に、恐ろしい意味が後付けされてしまう。
留守電の内容
本作に出現する異形は見た目こそおぞましくインパクトがあるが、それだけならどうってことはない。しょせんは虚仮威し。それは投稿者も同様だろう。
ほんとうに恐ろしいのは、そのあとに起こる出来事のほうだ。異形と関係があるのかないのか。どちらであっても、投稿者の友人は人生が歪み、映像を観ている私たちの背筋には冷たいものが走る。
歪む部屋の住人
本作の映像にも、なにやら得体のしれない現象が記録されている。なんら合理的な解釈はできそうもないところに、いくばくかの恐怖をおぼえる。
しかしながら、本作の肝はもっと別のところにある。それは投稿者の実家の人々。本人の口からさらりと語られる事実が、なんともいえない異様さにあふれている。投稿映像は実家が抱える“闇”の一部でしかない。
耳にしてはならぬことを聞いてしまった。そんな後悔の念がわきあがる。
出口
心霊ビデオに現われる異形はなんとなく“私たちが死んだあとに行くはずの場所”からやってきているイメージがある。つまり、異形といえども、生きているときはふつうの人間で、死後になんらかの理由があり、恐ろしい姿となってこの世に現われている。なんの根拠もないけれど、そんなふうに想像していた。
本作の投稿映像を観ると、そんな想像はまったくの的外れだったことがわかる。もちろん、本作の現象にかぎった話で、ほかの投稿映像については想像どおりなのかもしれない。
けれども、想像どおりであろうと的外れであろうと、人知を超える現象を目の当たりにすれば、私たちは恐怖するしかない。
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