[構成・演出・ナレーション:中村義洋/製作:張江肇、鈴木ワタル/プロデューサー:張江暁、岩村修/撮影:川島周/演出補:男鹿悠太、木勢まりあ、久木香里奈/演出助手:石川真吾、渡辺凌駕/編集:石川真吾/音楽・音響効果:ボン/演出協力:藤本裕貴/2023年7月28日公開]
記念すべき『100』は劇場公開された。シリーズ初期に演出を担当し、『3』から現在までナレーションを務めている中村義洋監督が演出に復帰している。
シリーズのファンとして、中村監督の再登板に大きな価値を見出せるものの、正直にいえば、あまり期待はしていなかった。べつに中村監督の実力を見くびっていたわけではなく、本シリーズはあまり奇抜なことができないという制約があるからだ。
ところが——。
いざフタを開けてみると、シリーズの1位・2位を争うほどの出来栄えになっていたのだった。
たしかに、事前の予想どおり話の運びはいつもと変わらない。奇妙な映像が発端となり、その背景を探っていく。しかし、ほかのパートとは少しちがう。その小さな相違点が本作を非凡なものにしている。
ポイントは2つ。
ひとつは、本シリーズには珍しい(唯一?)、〈笑い〉が起こる点。劇場内が何度も爆笑するなどという事態を誰が予想できただろうか。
もうひとつは、〈呪い〉についてあらためて追究し、いわば原点回帰を果たしている点。しかも、本作において〈呪い〉には2つの意味がある。
まず、私たち人類にとって〈呪い〉がどんな存在なのか、という問いをあらためて観る者に突きつける。次に、本シリーズにとって〈呪い〉とは何だったのかも考えさせるのだ。
ここで観る者は、「ほんとにあった!」というタイトルの意味に思いをめぐらす。“ほんとうではないほうの呪いのビデオ”に思いいたるとき、人類にとっての〈呪い〉と、本シリーズにとっての〈呪い〉が融合していくことに気づく。次の瞬間、〈呪い〉が私たちの住む現実世界に侵食してくるのだ。
この仕掛けには素直に感嘆させられる。もしかすると、中村監督をはじめ制作陣はそこまで計算していたわけではないのかもしれない。
そうだとしても、記念すべき『100』という重責を見事に果たしている作品であることはまちがいない。
この記事へのコメントはありません。